「ルノワールとパリに恋した12人の画家たち」展感想:オランジュリー美術館の約半数が来日!パリに集った芸術家たちの名画が勢揃い。

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フランス・パリの中心部、凱旋門からつながるシャンゼリゼ大通りの末端は、コンコルド広場につながっています。隣接するチュイルリー公園の中に佇むオランジュリー美術館。ここはモネがフランス政府に寄贈した大作、「睡蓮」の展示で有名ですが、1920年代に活躍した画商・コレクターのポール・ギヨームのコレクションでも知られています。これらのコレクションはパリへ行かなければ見られないものですが、オランジュリー美術館の改修工事による休館により、所蔵作品146点のうちほぼ半数が横浜・みなとみらいの横浜美術館に来日しており、またとない機会なので行ってきました。1840年代~1970年代に活躍した13人の巨匠(ルノワール、モネ、セザンヌ、ルソー、マティス、ピカソ、モディリアーニ、ドラン、ドンゲン、マリー・ローランサン、ユトリロ、スーティン、シスレー)の名画を見ることができ、名画の全部盛りのような展覧会になっています。

1. ルノワールが描いた、音楽のある風景

なんといっても、本展の目玉はルノワールの作品。特に、「ピアノを弾く少女たち」。

ピアノのレッスンをしている姉妹でしょうか?優しいタッチで描かれた人物には明瞭な輪郭線が描かれていないにもかかわらず、その表情はしっかり伝わってくるから不思議です。本作は、最終的にフランス政府が買い上げることになった作品(オルセー美術館に所蔵)の下絵に相当するもので、人物は緻密に描きこまれている一方で背景はほとんど描かれておらず、平和な日常のひとコマを切り取ったスケッチのよう。全体的に淡い色づかいで、ぼやけたような優しい印象を受け、見ていて癒されます。

この作品は、音楽の歴史も教えてくれます。従来は大型のピアノしかなく、楽器演奏は王侯貴族が楽しむものでした。しかしフランス革命以降、小型のアップライトピアノが発明され市民に普及したことにより、中流家庭でもピアノ演奏を楽しむことができるようになりました。ルノワールの作品は、楽器の進化と市民の豊かさを象徴しているのです。

横浜美術館の入口を入ると、大きなホールがありますが、そこにルノアールが描いたのと同タイプのピアノが展示されていますので、こちらもお見逃しなく。鍵盤は象牙でできているのだそうです。一体どんな音色を奏でてくれるのでしょうか?

2. ポール・ギヨーム夫妻によるパリ美術界の活性化

1920年代、パリの画商かつ美術コレクターであったポール・ギヨームは、マティスやピカソの作品を取り扱うほか、当時無名だったモディリアーニ、ユトリロ、マリー・ローランサンなどの才能を見出しました。画家たちはパトロンとなったギヨーム夫妻の肖像画を描いています。たとえば、モディリアーニの「新しき水先案内人 ポール・ギヨームの肖像」。

マリー・ローランサンの手による「ポール・ギヨーム夫人の肖像」も来日しています。

独特なパステル調の淡い色合いと、細長く変形した人体を描くマリー・ローランサン。不思議な世界観で、なんだか神話の世界のよう。ちなみに彼女が描いたシャネルの創業者、ココ・シャネルの肖像画も本展で見ることができます。ココ・シャネルはこの肖像画を気に入らず、受け取りを拒否したと言われています。なぜ気に入らなかったのか…?実物をみてその理由をあれこれ想像してみるのも面白いです。

そしてポール・ギヨームの死後、妻ドミニクは新たにルノワールやセザンヌを購入するなど、コレクションをさらに発展させました。最終的にはフランス政府がこれらのコレクションを購入し、オランジュリー美術館で一般公開されるようになったのです。
コレクションの中身は本当に多彩かつ名作ぞろいです。本展で見られる有名作品は、ほかにもまだまだあります。

  • ピカソが古典絵画から着想を得て逞しい体つきの女性を描いた「布をまとう裸婦」
  • モネがパリ郊外の情景を美しいタッチで描いた「アルジャントゥイユ」
  • 当時マイナーだった静物画ジャンルに挑戦し、「りんごでパリを征服する」と豪語したセザンヌによる「りんごとビスケット」

などなど。

ギヨーム夫妻の自邸の模型も展示されており(模型のみ撮影可)、邸宅の壁一面に絵が飾られています。夫妻が単に取引目的で絵画を扱っていたのではなく、真に美術を愛していたことが伝わってきます。

3. 芸術家を魅了し、育てるパリという場所

本展では1840年~1970年代を代表する12人の画家たちの作品が網羅され、それらを会場で比較することで作風の違いがよく分かる貴重な展覧会となっています。短い期間にこれだけ多くの傑出した画家たちを生み出すパリという街に、わたしは興味を持ちました。解説パネルを見ていると、集合アトリエで芸術家たちがお互いに影響を与えあっていたことがよく分かり、こうした交流の場が様々な芸術を生み出す源になったのだと感じました。それにしてもなぜ、これほどまでにパリに芸術家が集まるのでしょうか?

ひとつは有名画家が多数居住しているため、彼らに教えを請うことで自らの技術を向上させることができるからでしょう。しかし、いくら良い師匠を見つけ、芸術家仲間と交流しても作品が世に認められなければ画家の生活は困窮し、制作を続けることが難しくなります。そこで必要になってくるのが、プロデューサーと目の肥えた消費者の存在です。

パリにはチャンスを求めて、駆け出しの画家が集まってきます。彼らの才能をいち早く見出し、世に知らしめるのがプロデューサーです。まさにポール・ギヨーム夫妻は有能なプロデューサーであったのでしょう。彼らのような存在が、芸術の都パリを活性化し、さらに芸術家たちをパリに集めるという好循環を生むのです。そして展示を見ていると、フランス政府が芸術を支援する姿勢も読み取れます。オルセー美術館に所蔵されているルノワールの「ピアノを弾く少女たち」(本展での展示品ではありません)はフランス政府が初めて国家として購入した作品なのだそうです。フランス政府も、芸術の都パリを支えるプロデューサーだったんですね。

最後に「目の肥えた消費者」の存在。わたしは2回パリを訪れたことがありますが、数えきれないほど多くの美術館やコンサートホールなどの芸術関連施設があり、これだけ多くの競合がいるなかで各施設の経営が成り立つのだろうか?と疑問に思うほどです。観光客が多く訪れているということもありますが、主たる芸術の消費者はパリ市民です。パリ在住のフランス人の友人は、週末には気軽に美術館へ出かけると言っていました。そして子供の頃から、美術館へ出かけるのに慣れているとのこと。パリ市民にとっては、美術館に対するハードルはそれほど高くないようです。日本とはちょっと違いますね。

消費者としてのパリ市民が芸術に対する強い関心を持ち、芸術関連施設に気軽に足を運んだり、作品を収集する経済的余裕を持っていることも、パリが芸術家を育てる重要なポイントなのかなと思います。

新進気鋭の芸術家が集まり、その才能を見出す画商・コレクターたちの存在に加え、国家による芸術の保護と目の肥えた消費者、パリ市民。これらの総合力が、パリが芸術家を育む秘密なのかもしれません。日本にいながら、オランジュリー美術館をまるっと楽しめる本展をぜひお見逃しなく。

オランジュリー美術館コレクション
ルノワールとパリに恋した12人の画家たち

会期:2019年9月21日〜2020年1月13日

会場:横浜美術館

公式サイト:https://yokohama.art.museum/exhibition/index/20190921-540.html