【書評】高山義浩著・ホワイトボックスー病院医療の現場からー

たぶん10年くらい前のことだと思うのですが、ネットで医療情報を探していて、ふと目に止まった記事がありました。とある感染症医の先生が、かつて学生時代にアジアを放浪し、目の当たりにした貧困や格差、そこから派生する医療や看取りの問題を綴るルポルタージュ。もともとは20年ほど前にリアルタイム旅行記としてネット上にアップされていたものが大反響を呼び、書籍化もされていたもののようでしたが、わたしがたまたま見つけたのは朝日新聞アピタルに転載されていたものでした。医学生として発展途上国の現場に飛び込み、どうしようもない貧しさと格差の中、医療・看護・看取りのあり方に苦悩している様子が綴られた文章。とても哲学的なのに読みやすく、弱者に寄り添う優しさとやるせない状況に対する静かな憤りが入り混じっており、たちまちわたしは釘付けになりました。そして過去ログを貪るように読み尽くし、著者の大ファンとなったのでした。現在は沖縄県立中部病院で感染症医として活躍されている高山義浩先生です。

そして昨年、新型コロナウイルスのパンデミックが始まり、ダイヤモンドプリンセス号の騒動の中で高山先生がご自身のFacebookに掲載した文章が話題となりました。それを見てわたしは先生のご活躍を知って嬉しく思うとともに、改めて先生の文章の力に感服し、再び著書を読みたいと思い購入したのがこちらの本。「ホワイトボックスー病院医療の現場からー」です。

10年ほど前の本になりますが、高山先生がご自身の研修医時代を振り返って綴ったドキュメンタリーです。様々な患者さんの担当医を務める中で無力さを感じ、自分が医師をしていていいのか、死とは何か、看取りとはどうあるべきか…常に人の死と隣り合わせの医療現場で悩み苦しんだエピソードが詰まっています。なかでも驚いたのはご自身が起こした医療事故のエピソードが盛り込まれていること。医師生命にも関わるような失敗の顛末を自著に書くなんて、相当な勇気と使命感がなければできません。

読み進んでいくと、医師国家試験とか論文とか救命マニュアルとか、そんなものが一切役立たない現場がそこにはありました。「こういう場合は手術OK」とか「この病気に対する第一選択薬はこの薬」とか機械的に判断するだけではなく、それぞれの患者の生活や人生、何よりご本人の意思に寄り添って最適な治療を決めていく。その中には、たとえば積極的な治療をやめるという選択肢も含まれており、それは家族にとっても主治医にとっても辛い決断となります。しかし、苦痛や副作用を伴う検査や投薬・手術をしてまで寿命を延ばしたいとは思わない、という患者さんの気持ちに寄り添い、医師としてできることを実行するのも自分の使命だと気づき、研修医だった著者は急速に成長していきます。

この本には、

「死とはこういうものだ」

「医療はこうあるべきだ」

と言い切るような強い主張は書かれていません。また、救命に成功した武勇伝を挙げている訳でもないので、現代医学がどれだけ素晴らしいかを伝えるものでもないです。ただ、いのちの現場で筆者が強く心を揺さぶられ、深く考えさせられた事案が淡々と綴られています。長く医師をしていても、倫理的問題には未だ結論が出ないと正直に吐露する姿勢を見て、これこそが誠実な医師の姿だと思いました。人間が自身の死をどのように受け入れ、そして周囲の家族や友人が大切な人の死をどのように受け止め、乗り越えていくか。これは人類が誕生して数百万年が経過しても、未だ明確な解が示されていない命題です。安易に結論を出さず、分からないことは分からないと言える誠実さ。葛藤を抱えつつも試行錯誤を繰り返しながら医療や看取りを続ける真摯な姿勢。自分が体調を崩すことがあればこんな先生に診てもらいたいと強く思いました。

素人から見ると医療=問診・診断・検査の技術、薬の効果的使用や手術の技術という印象が強いのですが、実際には医療の範囲はとても幅広く、かなり看護の占める部分が大きいのだなと思いました。現代医学は決して万能ではなく限界があり、患者を肉体的に救うことができないこともしばしばあるが、看護によって精神的に救うことはできる。そういう事例がかなり盛り込まれていました。

本書で看護や看取りについて考えさせられる中、ふと思い出した話があります。多分何かのSNSで見かけた話だと思うのですが、看護学校の先生による「看護をバカにするな」という主旨のもの。うろ覚えですが、確かこんな話でした。

「現代医学の歴史はたかだか数百年。確かに医療で救える命は増えたが、それでも現代医学は万能ではなく、診断・治療が可能な病はごく一部に過ぎない。それに対して、看護は人類がこの世に生まれてから数百万年、ずっと続けてきた営みだ。生身の人間による看護によって、たとえ現代医学で救えない患者でも心が安らぎ、精神的に救われる。看護に誇りを持て」

これは看護学生に向けられた言葉ですが、患者側も理解しておくべき考え方だと思います。例えば家族が病気や怪我で体調を崩した時、適切な医療を受けられるよう尽力するのは当然だとしても、他にも自分がすべき重要なことがあるのではないか。手を握る、優しく声をかける、苦しい時にそばにいる…こうしたケアが精神的な支えになるはずです。一般人として暮らしていると、普段死や看取りについて考えることはまったくといっていいほどありませんが、いつかは自分も経験しうること。本書をきっかけとして改めて自分でも考えてみたいと思います。