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東京・上野の東京都美術館で開催後、愛知県の豊田市美術館で開催された「クリムト展」。19世紀のオーストリア・ウィーンで活躍したクリムトの没後100周年を記念して開催されている美術展です。私は東京展へ行きましたが、数々の代表作が来日し、過去最大規模の回顧展になっており必見でした。本展の見どころと混雑状況をまとめていきたいと思います。
目次
1.初期、黄金様式、晩年のバラエティーに富む作風がよくわかる!日本美術からの影響も。
2.ベートーヴェンの名曲、「第九」から着想を得た「ベートーヴェン・フリーズ」原寸大複製が圧巻!
4.混雑状況
1. 初期、黄金様式、晩年のバラエティーに富む作風がよくわかる!日本美術からの影響も。
初期の室内装飾
クリムトが活躍した時代は、ウィーンが文化的に発展した19世紀末~20世紀初頭。ウィーンの美術工芸学校に入学したクリムトは、同じ学校で学んだ弟のエルンスト、画家のマッチュとともにアトリエを経営し、ウィーンの建築物の装飾を手がけていきます。建物の装飾は日本で展示することができませんが、装飾にあたって作成された下絵を本展で見ることができます。どのようにして作品の構想を固めていったのか、製作プロセスを想像するのも鑑賞の楽しみのひとつです。
肖像画の魅力と、ウィーン分離派の結成
はっと息を呑むほどの魅力を放っていたのは、「ヘレーネ・クリムトの肖像」(1898年)。早世した弟、エルンストの娘・ヘレーネ(当時6歳)の肖像画です。豊かな髪からのぞく、わずかな横顔の部分からしかモデルの表情をうかがうことはできませんが、幼いながらも凛とした子供の様子が伝わってきます。父を亡くしても気丈に生きる子供の姿を表現したのでしょうか。この絵が描かれる前年の1897年、クリムトは既存の伝統から脱却した新しい時代の芸術を提唱する「ウィーン分離派」を結成し、新たな表現を模索していきます。この絵の洋服の描き方はラフなスケッチのようで、当時フランスで隆盛していた印象派の絵画のよう。こういうところでも新しい表現を追求していったのかもしれません。
黄金様式
クリムトの代表作といえば、金箔で彩られた女性像の数々です。クリムトは東アジア美術や日本美術の影響を受け、金箔を多用した絢爛豪華な作品を生み出していきます。その中でも著名な代表作のひとつ、「ユディトⅠ」(ベルヴェデーレ宮オーストリア絵画館)が今回来日しています。
題材は旧約聖書の逸話に基づくもの。若く美しい未亡人ユディトは、自身の住む町が敵国軍に攻め込まれた際、敵の司令官ホロフェルヌスにハニートラップを仕掛け、泥酔して眠っているホロフェルヌスの首を斬り、祖国を救いました。多くの画家がこの逸話を題材にした傑作を残していますが、クリムトの作品は金箔で彩られた華やかさと、ユディトの魅惑的な表情で独自の美を放っています。
右手でホロフェルヌスの首を押さえ、挑戦的な笑みを浮かべるユディト。彼女の表情は「恍惚や官能の表情」とする解説をよく目にしますが、私にはホロフェルヌスを討ち取り自らのミッションを完遂した「達成感と誇らしさの表情」に見えました。ハニートラップを仕掛けはしたものの、決して男性には媚びずに自らの目的を達成する自立した女性。聖書に登場する古代の女性がモデルなのに、現代的な女性にも見える表現となっているのが、分離派の理念「時代に合った新しい芸術を」を表していると感じました。
クリムトの代表作をぜひお見逃しなく。
色彩豊かな晩年の作品には、日本美術の影響も
晩年の作風には、金箔の使用は少なくなりカラフルな色彩が見られるようになります。例えば本展で見られる「オイゲニア・プリマヴェージの肖像」。(画像はwikimedia commonsより)
モデルはクリムトのパトロンであった銀行家のオットー・プリマヴェージの妻、オイゲニア。人物の衣服や背景の部分は、絵の具を混ぜずに原色のまま置いていく印象派のような描き方で、鮮やかな花模様が表現されています。右上には東洋風の鳥が描かれ、日本美術の影響を伺い知ることができます。
クリムトが11歳であった1873年、ウィーン万国博覧会に日本の明治政府が参加し、日本美術が出品されました。クリムトが主宰したウィーン分離派でも日本美術展が開かれ、彼自身も多くの浮世絵などの日本美術を所有し、日本美術からも多くの影響を受けていたことが知られています。展示作品の中で、日本美術の影響を探してみるのも、本展の楽しみ方のひとつです。
2. ベートーヴェンの名曲、「第九」から着想を得た「ベートーヴェン・フリーズ」原寸大複製が圧巻!
ベートーヴェンに捧げた壁画
クリムトが生まれ育ち生涯活躍した街、ウィーンは音楽の都としても有名。著名な作曲家が集まり、クリムトは彼らから大いに刺激を受けました。有名な作曲家、ベートーヴェンもそのひとりです。ベートーヴェンの名曲、交響曲第九番《合唱付き》は1824年にウィーンで初演され、大好評を博しました。1902年、クリムトは自身が会長を務めたウィーン分離派の拠点である分離派館の壁に、ベートーヴェンの第九を題材とした壁画「ベートーヴェン・フリーズ」を描きました。本展ではこの壁画の精巧な原寸大複製が展示されており、その壮大な規模と世界観を体験することができます。コの字型の壁面に、3つの場面が左から順を追って描かれています。(画像はwikimedia commonsより)
①第1面:幸福への憧れ、弱者の苦しみ。甲冑の騎士が幸福のために戦う。
②第2面:人間に敵対する力。幸福を妨げる怪物・テュフォンとゴルゴンの三姉妹と苦難
③第3面:詩の女神が現れ、理想の王国へ。幸福の中で歓喜の歌の合唱
ベートーヴェンの第九では、第4楽章で荘厳な「歓喜の歌」の合唱で締めくくられますが、クリムトのベートーヴェン・フリーズでは第3面が「歓喜の歌」に相当します。しかし、第1面と第2面がそれぞれ第九のどの部分を表現しているのかは、個人の解釈に委ねられていると思います。ベートーヴェンの第九を聴きながら、曲のどの部分がクリムトの絵画に反映されているのか想像してみてください。ちなみにベートーヴェンの交響曲なら、20世紀を代表する伝説の指揮者、フルトヴェングラーの名盤がオススメ!バイロイト音楽祭で第九を指揮したライブ録音が有名です。
音声ガイドでベートーヴェンの第九を聴きながら、クリムトの世界を堪能。ナビゲーターは稲垣吾郎さん。
せっかくクリムトの「ベートーヴェン・フリーズ」を見るのだから、この壁画の題材となったベートーヴェンの第九を聴きながら鑑賞したいもの。そんな願いを叶えてくれるのが、本展の音声ガイドです。音声ガイドにはベートーヴェンの交響曲第9番・第2楽章&第4楽章が収録されており、展示を見ながらベートーヴェンとクリムトのコラボレーションを体感することができます。なんという贅沢。
さらに、音声ガイドのナビゲーターは稲垣吾朗さん。しっとりとした大人の解説で、19世紀のウィーン芸術の世界へ入り込ませてくれます。これは借りるしかない!
3. 生と死のダイナミズム
肉親の死は、クリムトの作品に大きな影響を与えています。クリムトは生涯結婚しませんでしたが、14人の子供がおり、その中には1歳にもならないうちに夭逝した子もいました。そして弟のエルンストは28歳の若さで早世。こうした体験から、人間がこの世に生を受け、子を産み、そして死を迎える生命の営みを意識していったのでしょう。これを女性のライフステージで表現された傑作が今回来日しています。「女の三世代」です。
本展では「女の三世代」のパネルが撮影コーナーになっており、一緒に写真が撮れるようになっています。制作協力は金沢の金箔専門店、箔一。クリムト展のロゴが金箔で輝いており、ゴージャスな写真が撮れそうです。
中央の若い女性は幼子を抱き、母性と幸福に溢れる表情をしています。その一方で、痩せた手腕に血管の浮き出た老婆は顔を覆い、死の恐怖に怯えて絶望しているかのように見えます。特に老婆の周りには装飾がなく、老いの描写が少々残酷な気もしますが、これも生命の営みのひとつ。老いと死を自然の摂理として受け入れよ、というメッセージなのかもしれません。
4. 混雑状況
初日の午後に行きましたが、平日にも関わらず展示室内は混雑していました。入場待ちやチケット購入の行列はないものの、特に「ユディトⅠ」や「女の三世代」など有名作品の前には人垣ができていました。所要時間2時間ほどで十分堪能できましたが、週末やGWは混雑が予想されるので時間に余裕を持って行きましょう。
【愛知展】
会期:2019年7月23日〜10月14日<終了>
場所:豊田市美術館
公式サイト:https://www.museum.toyota.aichi.jp/exhibition/klimt/
【東京展】
会期:2019年4月23日〜7月10日<終了>
場所:東京都美術館
公式サイト:https://www.tobikan.jp/exhibition/2019_klimt.html
※展示作品リストはこちら。