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北斎作品を網羅的に展示。北斎の絵画に対するストイックさがよくわかる。
現在、東京・六本木の森アーツセンターギャラリーで開催されている新・北斎展ーHOKUSAI UPDATEDー(公式サイト:https://hokusai2019.jp)へ行ってきました。
葛飾北斎といえば、富嶽三十六景をはじめとした風景画の浮世絵が特に有名ですが、版本に墨の濃淡だけで富士の風景を描いた富嶽百景もよく知られています。以前から私が特に気になっていたのは、富嶽百景の跋文(あとがき)から伺い知れる、北斎のストイックさでした。
【葛飾北斎の名言】
己六才より物の形状を写の癖ありて
半百の此より数々画図を顕すといえども
七十年前画く所は実に取るに足ものなし
七十三才にして稍 禽獣虫魚の骨格
草木の出生を悟し得たり
故に八十六才にしては益々進み
九十才にして猶其奥意を極め
一百歳にして正に神妙ならん与欠
百有十歳にしては一点一格にして生るがごとくならん
願くば長寿の君子予言の妄ならざるを見たまふべし
(葛飾北斎 富嶽百景 跋文より引用)
この文章は葛飾北斎が75歳の時に書いたものと言われています。大意を現代語訳すると、下記のような感じ。
「六才の頃から写生を行い、五十才頃にはさまざまな絵を描いたが、七十才より前に描いたものは実に取るに足らないものだった。七十三才にしてようやく生き物の骨格や植物の自然な姿を悟った。ならば八十六才にはより画業が進歩し九十才には奥義を極め、百歳となれば人知を超えるレベルとなるであろう。百数十歳には一点一格がまるで生きているような絵を描くことができるだろう。長寿を司る神よ、どうか私の言葉が妄言とならないことを見守ってください。」
今回の「新・北斎展」では、北斎が20歳でデビューしてから90歳で亡くなるまでの400作品超が網羅的に時系列で展示され、何歳頃にどんな作品を生み出していたのかがよくわかるようになっています。(北斎は雅号を頻繁に変えていたため、各雅号の時代ごとにどのような作風で作品を描いていたかが章立てで展示されています)
デビュー時のものだけでなく、著名作も揃っています。北斎漫画、富嶽三十六景、富嶽百景も。北斎ワールドに浸れます。
私は北斎の名言を思い浮かべつつ本展を見ていました。名作と知られる富嶽三十六景は、北斎が70才をすぎてから制作されたもので、確かに現在も国内外から高く評価されておりファンが多いですが、本展を時系列に沿って見ていくと、それ以前に書かれた作品も素晴らしいです。それを「取るに足らないもの」と一刀両断し、百数十歳まで画業を極める覚悟が感じられ、北斎はものすごくストイックな画家だったんだなあと改めて思いました。
そして数百年前の作品がこれだけ多く残っていることに驚き、収集や保存に尽力した方は素晴らしいなと思いました。一方で本展を通して私が得た気づきは、世界に誇る日本の画家、北斎が生まれた背景には才能や絵画に対する真摯な姿勢があったことはもちろんですが、時代も大きかったのではないかということでした。
北斎が活躍した、豊かな時代を感じる
政治の安定と経済の発展が、文化が花開く土壌に
たとえば本展で展示されている「絵本隅田川両岸一覧」↑。(※上記画像はメトロポリタン美術館のものです)隅田川両岸の風景を描いたものですが、上記の画像では隅田川にかかる橋の上には活気ある町人たちがたくさん。屋形船や、渡し船、貨物運搬船など様々な船が活発に行き交い、両岸の店舗も賑わっている様子。どの程度事実が描かれているか分かりませんが、これだけ活気ある町を描けるのだから、少なくとも江戸の経済はとても良好であったことが見てとれます。
緻密に作られていて驚いたのは、組上絵と呼ばれるもの。A4サイズくらいの紙数枚に描かれたパーツを切り抜いて組み立て、立体的な構造物を作る遊びで使われたものです。作りが細かいものなので、大人向けのものだったと考えられているそうです。本展の撮影スポットでは北斎作の組上絵「しん板クミあけとうろふゆやしんミセのづ」の再現セットと一緒に写真が撮れるようになっており、会場で当時の現物を見ることもできます↓。
組み立てた際に美しく見えるよう遠近法を考えて描いた北斎の技量に感嘆しました。それだけでなく「大人たちがこれだけ細かいものを組み立てて遊べるほど、時間と心の余裕がある時代だったんだなあ」と感じずにはいられませんでした。
本展に出品されている北斎の作品は、風景画だけでなく美人画、歌舞伎役者を描いたものや、物語本の挿絵など多種多様なものがあります。それだけ当時はエンターテイメントのニーズがあったということですよね。絵画や物語本が発行されて世に受け入れられる需要がなければ、画家としてその能力を発揮できる場がないうえに、絵画で生計を立てることはできません。庶民が娯楽として芝居や小説、絵画を楽しむ経済的、精神的余裕を持っていることは文化の発展に不可欠です。江戸時代は戦乱のない状態が300年続いた稀有な時代。江戸幕府が政治をしっかりとマネジメントし、経済が発展した時代だったからこそ、北斎は20歳〜90歳までの長い期間、自らの才能を発揮し、画業を磨くことができたのかもしれません。
同時代のライバルや文化人から刺激を受けた
本展の中ほどに北斎関連年表が掲示されているのですが、北斎と同時代に多くの文化人が生きているんですね。たとえば下記の通り(カッコ内は代表作)。
- 喜多川歌麿(浮世絵美人画)
- 歌川広重(東海道五十三次)
- 十返舎一九(東海道中膝栗毛)
- 曲亭馬琴(南総里見八犬伝)
同時代の優れた絵師同士が影響を与えあって、お互いの作風がより高められていったのではないかと推察されます。また、東海道中膝栗毛など流行小説が生まれたことによって、挿絵の需要も高まり、絵師がその力量を発揮する場が多くなったと思われます。実際、北斎は曲亭馬琴とコラボして挿絵を手がけ、名声を高めたそうです。本展では曲亭馬琴と北斎がタッグを組んだ「椿説弓張月」や「新編水滸画伝」も展示されています。
混雑状況と鑑賞の注意点
待ち時間
平日はほぼ待ち時間なしで鑑賞できますが、週末は入館に30分程度待つ場合もあるそうです。新・北斎展の公式twitter(@HOKUSAI_UPDATED)を確認しつつ、時間に余裕を持って訪問することをお勧めします。
会場の混雑
浮世絵や版本など、A4サイズよりも小さい作品の展示が多いため、作品の前が混み合いやすくなっています。大きな荷物はロッカーに預けて、身軽な格好で展示室へ行きましょう。また、北斎の絵は細部まで緻密に描かれているため、拡大して見たい場合は単眼鏡や双眼鏡を持って行きましょう。
※本記事で使用している画像は、米国メトロポリタン美術館の著作権フリー画像です。本展の展示作品は所蔵元が異なりますのでご了承ください。
新・北斎展は日本が世界に誇る北斎の画業を網羅的に鑑賞できて、江戸時代の豊かな文化に思いを馳せられる展覧会。お勧めです。
公式サイト:https://hokusai2019.jp
会期:2019年1月17日(木)〜3月24日(日)
場所:森アーツセンターギャラリー(六本木ヒルズ 森タワー52階)
※会期中、何度か展示替えがあるようなので、お目当ての作品がある方は、展示作品リストで展示期間を確認することをお勧めします。
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