【書評】「奇想の系譜」を読むと、若冲をはじめとした江戸絵画の魅力にとりつかれてしまう理由

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江戸絵画ブームを作った名著、「奇想の系譜」

最近日本画の美術展が多く開催されているように思います。特に伊藤若冲をはじめとした江戸絵画は大人気ですね。では、江戸絵画ブームはどのようにして生まれたのか。色々な要因はあるでしょうが、この本を外しては語れないと思います。)

美術史研究家、辻惟雄先生のベストセラー本「奇想の系譜」です。本書が1971年に初版発行される前は、江戸絵画として知られていたのは江戸幕府や藩のお抱え絵師集団であった狩野派、浮世絵程度だったそうです。本書では、著者の辻先生の言葉をお借りすれば当時「美術史上の脇役」であった下記の画家が紹介されています。

  1. 岩佐又兵衛
  2. 狩野山雪
  3. 伊藤若冲
  4. 曽我蕭白
  5. 長沢蘆雪
  6. 歌川国芳

これらの画家にスポットライトが当てられるのは、当時画期的なことでした。

本書は江戸絵画史に一石を投じる名著として、リニューアルされながら40年以上読み継がれるロングセラーとなり、江戸絵画のよさを広める活動に貢献しました。その結果、今や本書で紹介されている画家は多くの人が知るところとなり、特に伊藤若冲の人気は凄まじいものがあります。2016年に若冲展が開催された際には、入場4時間待ち、累計40万人超が来場したという記録的な数字が出ていました。

これだけの画家が発掘されれば、美術展や美術品取引市場が相当活性化されたはず。前出の若冲展だけで考えても、相当な経済効果があったと推察されます。つまり、本書を契機として新たな江戸美術の市場が生まれたということ。ではなぜ、これだけの人気が生まれたのでしょうか。私は、作品の良さや江戸絵画のポテンシャルを最大限に伝える本書の表現が大きく寄与していると思います。

辻惟雄先生のコピーライティング力と、わかりやすい解説の勝利

江戸絵画の面白さを存分に伝える、キャッチフレーズのオンパレード

美術に関する書籍を読むと、難しい専門用語や品格の高い言い回しが多く使われている場合があり、ちょっと一般人には難しく敷居が高いことも多いです。しかし本書は違います。

まず、専門家の先生が書いておられるにもかかわらず、難解な専門用語がほとんど出てこないか、あっても分かりやすい解説が併記されているのでとても読みやすく、するっと江戸絵画の世界に入っていけます。もともと美術雑誌「美術手帖」の連載が書籍化されたものなので、一般人向けに書かれているという前提はありますが、それでも圧倒的に親しみやすい本の部類に入ると思います。

また、画家の魅力が際立つキャッチコピーが、文中にたくさん散りばめられているのです。私のような一般人にも「この画家の作品を見てみたい!」と思わせる楽しい言い回しが使われています。

  • 珍妙怪奇なメタモルフォーズ
  • エキセントリック、ファンタスティック
  • どぎつい、生々しい、ショッキング、グロテスク
  • ギラギラしたアク
  • ユーモラス
  • アヴァンギャルド
  • 奇抜、奇想天外、空前絶後

辻惟雄著 「奇想の系譜」(筑摩学芸文庫)より抜粋引用

誰しも「怖いもの見たさ」ってありますよね。

この言葉を見るだけでも、「どんな絵なんだろう?ちょっと見てみたいな…」と思ってしまいます。著者のコピーライティング力に脱帽です。

美術館へ気楽に行ける。優しく背中を押してくれる解説

私は美術ファンです。しかし、美術の専門家ではないので、美術展を見て感動はするものの

「知識が乏しいのに、自由気ままにアートの感想を語っていいのかな?」

と躊躇することがあります。自分の勝手な思い込みかもしれませんが、以前は「一定の美術知識がなければ、美術館で楽しむことはできない」と考え、美術館に対する敷居の高さを感じていました。

しかし本書を読むと、専門家の先生がフランクな表現で絵画の魅力を語ってくれているので、

「この画家からは、素直にこういう印象を持っていいんだよ」

「自由に楽しんで」

と言われているような印象を受け、肩の力を抜いて楽しめる感じがするのです。美術館へ足を運ぶハードルを下げてくれるんですね。

わかりやすく、フレンドリーに美術品の魅力を語ってくれる専門家の存在は、一般人の目を美術に向けるために重要だと改めて感じました。

さらなるポテンシャルを期待させる、江戸絵画の「系譜」

本書のもう一つの魅力は、タイトルにある「系譜」という言葉のとおり、本書で紹介されている独創的な作風が異なる画家に脈々と受け継がれ、江戸時代300年間に維持発展してきたことが読み取れることです。

当初「美術史上の脇役」であった画家6名が見出され、彼らの作風がどのように確立されていったかを知ることができるのは、美術研究者の努力のおかげだと思います。そして、これだけ素晴らしい新コンテンツが発見されうるのなら、今後もっと面白いものが出てくる可能性があるのでは?という期待が持てて、ワクワクしてくるんです。

画家の魅力が発掘されるためには、美術研究者が実際に現物を見て、年代、画風、技巧など様々な観点から研究する必要があります。したがって、そもそも研究を行うためには、作品そのものが現存していなければ難しいと推察されます。画家の来歴についても同様で、歴史的資料など何らかの記録が残っていなければ、本当に実在した画家なのか、どの時代に生き、誰からどのような影響を受けたのかも不明ということになり、魅力を語りようがありません。

本書を読んで、江戸時代の絵画はこれだけ研究が進みうる領域だったんだ!と驚きました。そして江戸絵画に関する資料はかなり残っていると思われたので、まだまだ新発見が眠っていそうな印象を受けました。今後も新たなコンテンツが生まれるポテンシャルを感じるので、さらに江戸絵画の魅力にハマってしまうんです。

最後に反省。日本人は、奇想画家の魅力に気づくのが遅れた…

本書で紹介されている画家の作品は、日本で評価されるより先に海外で人気となり、多くの作品が海外に流出したそうです。

せっかく国内に良い絵画があったのに、日本人がそれに気づいたのが相当遅かったのです。「灯台下暗し」という感じでちょっと残念ですよね。

自国のものの良さを、日本人が正確に評価するのはとても難しいのかもしれません。外国のものは、日本人にとっては非日常的なので圧倒的な魅力を感じやすいように思います。でも、個人的には自国のものの良さも理解し、語れる美術ファンでありたいと思っています。まだまだ勉強です。


江戸時代の美術の魅力が詰まった一冊「奇想の系譜」。こんな方にオススメです。

こんな人にオススメ
  • 江戸絵画について知りたいけれど、難しい専門書はムリ。
  • なんとなく、敷居が高い気がして美術館を敬遠してしまう。
  • 江戸時代の歴史が好きで、歴史と美術の関連に興味がある。
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