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「夜警」公開修復プロジェクト、その名は “Operation Night Watch”
オランダを代表する画家、レンブラントの「夜警」は教科書にも載っている超有名絵画。誰もが一度は目にしたことがあるのではないでしょうか?オランダが誇る至宝とも言える絵画ですが、過去にはナイフで切られたり、戦争中は疎開したりと数奇な運命を辿って今に至ります。(下記画像は筆者が大塚国際美術館で撮影したものです)
昨年ネットのニュースを見ていたら、この作品を所蔵するアムステルダム国立美術館が「夜警」を全世界に公開して修復作業を進めるプロジェクトを立ち上げたとのこと。作業は現在も進行中で、公式サイトには関連動画やテキストが掲載され、SNS などを活用しながらリアルタイムでプロジェクトの進捗がシェアされています。
(ハッシュタグ #OperationNightWatch も作られています)
- 公式サイト(英語):https://www.rijksmuseum.nl/en/nightwatch
- twitter 公式アカウント(英語):https://twitter.com/rijksmuseum
「夜警」を本来の展示場所から美術館内の別の場所に移動し、ガラス張りの特別室の中に足場を組んで研究と修復を開始したとのこと。これはすべて公開で行われており、美術館の訪問者はガラス越しに研究・修復作業を見守ることができます。これだけでも面白いプロジェクトなのですが、さらにこれをネットで世界中にリアルタイム公開するというのがすごい。Youtube にもいくつか動画が上がっており、多いもので数万回以上再生されています。
すごくイイな〜と思うのは、 “Operation Night Watch” というネーミング。ちょっと煽り気味に和訳すると「夜警大作戦」という感じでしょうか?。とてもキャッチーなネーミングで、ひと昔前に日本で流行った「プロジェクトX」みたいな一大プロジェクト感が伝わってきます。なんだかハリウッド映画のタイトルのよう。これはネーミングの勝利。思わず見に行きたくなってしまうプロジェクト名ですね。
公式サイトにはプロジェクトの進捗だけでなく、「『夜警』について意外と知らないコト10選」という記事(英語、https://www.rijksmuseum.nl/en/rijks-stories/10-things-night-watch)もあったりして、豆知識が増えるコンテンツも充実してます。実際にオランダまで見に行きたいのはやまやまなのですが、なかなか気軽に行ける場所ではないので、わたしはオンラインでずっと進捗を追っています。見れば見るほど秀逸だなあと思うのは、アムステルダム国立美術館の広報戦略の巧みさと、その結果もたらされる「公開修復の効用」でした。
公開修復がもたらす効用
修復中も訪問者の鑑賞機会を担保する
美術品は展示により劣化が避けられないため、定期的に展示替えや修復が必要になりますが、当然その間作品は展示できないこととなり、仕方がないこととはいえ訪問者の鑑賞機会を奪ってしまいます。そこで「公開で修復しよう!」と考えるアムステルダム国立美術館の頭のやわらかさに脱帽です。これなら、作業中で十分に見えないなどの問題はありつつも、鑑賞機会は部分的に担保されます。「夜警」の修復に伴う入館者数の減少を抑える効果もあるかもしれません。
ホームページや SNS で公開することで、美術館広報の強力なコンテンツとする
有名美術作品の修復をリアルタイム公開で実施(言語は英語)。これは美術館サイドにとって最強の宣伝になるはずです。ネットで世界中どこにいても進捗が見られるなんて、もはや修復自体をエンタメとしてアピールしている感すらあります。「修復中なら見に行くのをやめよう」、と思う人もいるでしょうが、「いやいや修復ってどんな感じなのかむしろ見てみたいので今を狙って行きたい」と思うわたしのような人もいるはず。
ちょっと視点を変えてみると、これって将来的には修復のための予算確保にも役立つんじゃないかと思います。素人は修復前に行われる研究手法や、実際の修復作業についてどの程度の時間、コストがかかるか分からないものですが、こうして記録し、ネット上で公開していればその作業実態がリアルに分かります。修復は具体的にどういう作業が必要で、どれだけのコストがかかるか、一般人にも分かりやすく伝えるにはうってつけのコンテンツです。”Operation Night Watch”の取り組みが広く知られることで、このプロジェクト自体にも追加で寄付が集まる可能性がありますし、今後他の作品の修復が行われるときに寄付者が増える、という将来的な効用もあるかもしれません。
研究・修復技術を国内外に伝える教育的価値
どのような技術を使って作品を分析し、描かれた当時の姿を正確に推定し、それを現代によみがえらせるか。さらにそれをプロジェクトとして遂行するにあたって、どんな工程表で進めていくのか。これは膨大なノウハウの蓄積だと思いますが、この “Operation Night Watch” がネットでリアルタイム無料公開されることで、世界中に研究・修復ノウハウを逐次共有することができます。おそらく、このプロジェクト終了後に詳細を体系的にまとめた書籍や動画が作られるのでしょうが、それを待たずともリアルタイムかつ無料で情報が入るのは凄まじい教育的価値だと思います。無料で公開され、世界中のどこからでも見られるのですから、これを見た子供が「将来、美術品修復に携わりたい」と思い、その道を選ぶ可能性だってあるのです。
修復をコンテンツとして公開するという、美術館の新たな価値
さすがはオランダ、日本では美術品の修復を一般人が見られることなんてないよね~と思っていたんですが、実際に調べてみると修復を公開している施設もあるんですよね。探してみると結構見つかりますが、たとえば国宝・高松塚古墳の壁画は修復が続けられており、その様子は年に数回一般公開されています。(https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/takamatsu_kitora/sagyoshitsu_kokai/index.html)奈良県での公開なので、都内在住のわたしとしてはなかなかアクセス的に難しいのですが…。
そして、まさに”Operation Night Watch”に似た取り組みで、2015年に広島市現代美術館で「原爆ーひろしまの図」の公開修復が行われていたようです。(https://www.hiroshima-moca.jp/exhibition/restoration/)
ただし、高松塚古墳壁画の場合は修理作業室を公開するということですし、広島市現代美術館では月に数回作業を公開し、それ以外は映像で公開ということなので、 “Operation Night Watch” のコンセプトとは大きく異なります。そもそもアムステルダム国立美術館は美術館の有料ゾーンに修復中の「夜警」を配置しているので、 “Operation Night Watch” は有料コンテンツと考えているわけです。それに対して日本での修復の一般公開は無料。日本では「修復中のものは有料公開しない」という前提があるような気がします。公開回数が限られ、修復の様子をネット上にリアルタイム公開したりもしていないので、公開すること自体にも何らかの抵抗がありそうです。
わたしは修復の現場を知らないので、それが公開されることでどんな問題が起きるか、そしてアムステルダム国立美術館ではそうした問題をどうやって克服しているのかは分かりません。しかし、 “Operation Night Watch” がすさまじい広報的・教育的価値を持つことだけは理解しました。
もし、関東圏内の美術館でもこういう取り組みがあれば、月1回くらいは通ってみたいなあと思っています。どこかでやらないかな〜?
最後に、アムステルダム国立美術館の公式動画に印象的な言葉があったので紹介します。
(筆者訳:「夜警」の研究および修復は世界が見守る中で行われます。ここ、アムステルダム国立博物館のホールとオンライン上両方でです。ですから世界中の人が、どこででも研究と修復を見ることができます。だって「夜警」は世界中みんなのものなのですから。)
う〜ん、惚れるなぁ。これからもユニークなイベントをやってくれそうです。いつかアムステルダム国立博物館に行くぞ、と決意させてくれるプロジェクトでした。これからも進捗を見守っていきたいと思います。