水木しげる 魂の漫画展:「ゲゲゲの鬼太郎」だけじゃない!天才少年が激動の人生を経て作り上げた、渾身の作品たち。

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2019年6月7日~横浜のそごう美術館にて開催中の「水木しげる 魂の漫画展」へ行ってきました。水木しげる先生の作品は、子供の頃見た「ゲゲゲの鬼太郎」のアニメしか知らなかったのですが、本展で先生の波乱万丈の生涯をたどってみて特に強い印象を受けたのは「好きなことで生きていく」にとことんこだわるチャレンジ精神と、逆境をものともしないポジティブさ。普通、こんな状況に置かれたら心折れるよね?!というところで自分の信念を貫き、成功している姿に勇気をもらいました。

⒈ 小学生で個展を開く?!天才少年現る。

幼い頃から絵を描くのが好きだった水木先生。スケッチや水彩画などで頭角を現し、高等小学校時代に先生の勧めで個展を開くほどの腕前。この頃から好きな絵を仕事にすることを考え始め、働きに出たり家族の都合で転居したり、美術学校選びに失敗したりと紆余曲折を経験しながらも、どうにかして夢の実現に近づけないかと模索し続けます。「自分は本気でコレをやりたい!」というブレない軸を持っている人は強い!

2. 壮絶な戦争体験。戦地で死にかける…でも、それでも立ち上がる。

「絵で食べてゆく」ことを目指す水木先生も、やがて時代の波にのみこまれてしまいます。第二次世界大戦です。

本展では戦争体験を伝えた漫画「総員玉砕せよ!」の原画が展示されており、戦争の無意味さと理不尽さを効果的に伝えています。死と隣り合わせの、鬼気迫る現場の緊迫感が伝わってくるのです。そして最も恐ろしいのは、日本軍の異常性です。

敵は圧倒的な軍備と数で、日本軍では到底敵わないレベル。にもかかわらず、戦い方は玉砕一択のみ。疑問を感じたある部隊は、無駄に命を犠牲にすることなく戦術を工夫してゲリラ戦に持ち込み、部隊は命拾いをしました。戦いを終え生還したにも関わらず、生きて恥を晒すなと上官に怒鳴られる始末。いま漫画で冷静に読むと異常な思考回路なのですが、それが当然のようにまかり通っていたことを思うと背筋が寒くなります。

そして左腕を敵の爆撃で失い生死の境をさまよいつつ、日本へ帰還。普通の人なら落ち込んでしまうような事態ですが、水木先生は違います。この時の心情は、

「生きて帰った!これでまた絵が描ける!」

だったそうです。なんというポジティブさ。

3. なかなか漫画家デビューできない…それでも諦めない!

戦争が終結し帰国した後も、絵で生活することを目指し武蔵野美術学校に入学。その後も紙芝居の挿絵を描くなど絵の仕事を続けますが、なかなか漫画家としてデビューもできない、ヒットが生まれない。それでも絶対絵で食べていくんだ!とひたすら描き続け、ついに「墓場鬼太郎」(ゲゲゲの鬼太郎)が大ヒット。「絵で食べてゆく」ことを実現するのです。子供の頃からの絵の才能に加えて強い信念とチャレンジ精神、そしてポジティブさが成功を後押ししたのでしょう。

ヒットが出る前に描きためていた風景画ストックの展示があるのですが、ものすごい緻密で全て手書き。スクリーントーンは使っておらず、無数の点と線で質感や陰影が作られ、これを手書きで書くのはさぞかし骨が折れただろうと思います…。そして売れない時代に描きためていた風景画を漫画の背景に使ったのです。写実的でリアルな風景の前に妖怪がたたずむ漫画のひとコマは、こうして生まれました。原画を見ると、とにかくクオリティが高く圧倒されます。これだけでも、美術館での展示に耐える絵です。妖怪の魅力を最大限に引き出す背景画です。(例えば、「河童の三平」の表紙↓)

続きが気になって次々とページをめくってしまいがちな漫画のコマひとつでも、大変な手間がかかっているのだと思い知らされます。今度から漫画をもっと丁寧に読もう…。不遇な時代にも地道に描きためた風景画が、最終的にヒット作の価値を上げるコンテンツとなった訳で、諦めずに好きなことを続けているといつか役に立つ日が来るということですよね。


そのほかにも、歴史上の偉人を描いた人物伝の漫画や、初公開の書き下ろしイラスト、妖怪たちの彫像など見どころがたくさん。横浜そごう内の美術館なので、買い物のついでにふらっと立ち寄ることができます。所要時間は1時間半程度。漫画の展示が多く大人も子供も楽しめて、信念を持って好きなことを続ける素晴らしさを教えられる展覧会です。

水木しげる 魂の漫画展

会期:2019年6月8日〜7月7日

会場:そごう美術館

公式サイト:https://www.sogo-seibu.jp/common/museum/archives/19/mizuki_shigeru/